近年、次亜塩素酸水溶液は、医療分野、食品分野など幅広い分野で活用されています。特に、弱酸性次亜塩素酸水は幅広い殺菌スペクトルを示すことから、海外においても農業や食品分野で使用されています。
他方、A 型インフルエンザウイルス、口蹄疫ウイルス、ネコカルシウイルス(ノロウイルスの代替ウイルス)などに対するウイルス不活化効果も報告(参照1、2)されていますが、豚流行性下痢ウイルスについては検証されていませんでした。
2018年に、帯広畜産大学による研究により次亜塩素酸水のに対する豚流行性下痢ウイルス不活化効果が明らかとなりました。その内容についてご紹介します。
豚流行性下痢とは?
豚流行性下痢は、豚やいのししが感染する病気で、豚流行性下痢ウイルスが原因となるウイルスです。この病気は豚等の病気であり、人に感染することはありません。
補足:コロナウイルス科の粒子は直径約95~190nmの球形または不定形で、エンベロープウイルスです。
豚が感染すると食欲不振と下痢を主徴とする急性感染症で、特に、10日齢以下のほ乳豚では脱水症状で高率に死亡します。
ウイルスが含まれる糞便等を介して直接的又は間接的に(ウイルスを含む糞便に汚染された器具・器材、作業衣、長靴、車両などから)経口感染よって引き起こされます。
農林水産省によると豚流行性下痢は、2013年10月に7年ぶりに沖縄県で発生が確認され、それ以後も日本各地で発生が確認されています。
・2013年10月から2014年8月までに38道県817農場
・2014年9月から2015年8月までに28都道県233農場
・2015年9月から2016年8月までに16道県107農場
補足:豚流行性下痢は、家畜伝染病予防法に基づき獣医師が届け出る届出伝染病に指定されています。
感染した豚から糞便中に排泄されたウイルスは、飲料水、スラリー、飼料などの環境中で比較的長期間感染性を保つため、飼育環境を清潔に保つことは感染予防に繋がります。
補足:ウイルスは環境中で比較的安定しており、糞便中では気温40°C湿度30%~70%では最低7日間ウイルス遺伝子が検出可能であり、飼料中では室温で少なくとも28日間、-20°Cのスラリー中でも少なくとも28日間、豚に感染性を持つことが明らかになっています。
そのため、ウイルスの侵入や農場内での伝播を防止するには,洗浄・消毒が必須の対策となります。
参考:豚流行性下痢ウイルスに対する次亜塩素酸水のウイルス不活化効果
参照1:Potential of electrolyzed water for disinfection of foot-and-mouth disease virus
参照2:Virucidal effect of acidic electrolyzed water and neutral electrolyzed water on avian influenza viruses
次亜塩素酸水は豚流行性下痢ウイルスを不活化できる
室温を26℃でpH3.0~3.1 の次亜塩素酸水(生成時有効塩素濃度47~ 48ppm)を用いて2つ試験を行いました。
試験1では、豚流行性下痢ウイルス液と次亜塩素酸水(pH3.1)を1:9 または1:1の割合で混合後、室温で1分間放置しました。
同様に、次亜塩素酸水の代わりに超純水と豚流行性下痢ウイルス液を混合してウイルス対照としました。
放置後、直ちに細胞培養液で混合液を10倍階段希釈してVero細胞(細胞培養用に用いる細胞株)に接種しました。
4 日間細胞を培養し、ウイルス感染価(TCID50)を測定しました。混合比1:9では1分間の処理により 1,000 倍以上感染価が減少し、高いウイルス不活化効果(不活化率 99.9%以上)を示しましたが、混合比 1:1 では不活化効果がみられませんでした。
試験2では、製造後21日目の次亜塩素酸水を使用しました。
豚糞便存在下での次亜塩素酸水(pH3.0)豚流行性下痢ウイルスに対する不活化効果を調べました。
健康な豚の新鮮糞便を5%に含む豚流行性下痢ウイルス液と次亜塩素酸水を1:9 で混合後、室温で1分、または10分間放置し濾過滅菌しました。
その後、試験1と同様に濾過サ ンプルについてウイルス感染価を測定しました。その結果、次亜塩素酸水は、5%糞便の存在下においても 1 分間処理で99.9%以上のウイルス不活化率を示しました。
豚舎で問題となる微生物に対する次亜塩素酸水溶液の効果
豚の健康上のリスクを最小限に抑えるには、豚舎全体の空気と表面の適切な洗浄と消毒が不可欠です。そこで、中国南東部の重慶市にある豚舎で試験が行われました。
豚舎の空気中からエアーサンプラーで分離したサルモネラ菌、黄色ブドウ球菌、大腸菌群、真菌を異なる有効塩素濃度の次亜塩素酸水(pH 6.25–6.53)と混合し5分間暴露させました。
豚舎から分離された微生物の不活性化に対する次亜塩素酸水の効果は下記に図を示します。
Micro‐organisms 微生物
Available chlorine concentration 有効塩素濃度
pupulations 菌数
Salmonella サルモネラ菌
aureus 黄色ブドウ球菌
Coliforms 大腸菌
Fungi 真菌
その結果、80ppm以上の濃度で処理すると、サルモネラ菌、 黄色ブドウ球菌、大腸菌群が不活化できました。真菌に対しては300ppmで完全に不活性化されました。
また、洗浄消毒後の壁、レール、および床の微生物が有意に減少しました。
同様に、300ppmで空間噴霧を行うと30分間で空中浮遊生物の59%が減少し、少なくとも8時間は微生物の数が減少しました。
参考:Disinfection effectiveness of slightly acidic electrolysed water in swine barns
まとめ
この試験においてウイルス液と次亜塩素酸水の混合比が 1:1 の場合には、ウイルス不活化効果が見られず、1:9の混合比では見られたことから効果があるがある一定の量が必要なことが明らかとなりました。
ウイルス液に対して何倍量の次亜塩素酸水があれば効果を示すかは検討が必要です。同様に、適正な次亜塩素酸水の濃度、pHについても再検討すべきです。
実際の使用では生成装置を用いて大量に次亜塩素酸水を作って使用し、空間噴霧も行うことから消毒効果はあると推察されます。
豚舎での空間噴霧により豚豚流行性下痢だけでなく、その他の病原性細菌、真菌の数を減少させることができました。
次亜塩素酸水は人体に対して非常に安全性が高く、使用に際して環境負荷が少ないことから、今後畜産現場においても洗浄及び消毒目的での利用促進が図られるものと考えられます。
糞便中に排泄されたウイルスは、飼育環境下で長期間感染性が維持されることから、農場内での感染拡大が早いです。
徹底的な衛生管理を実施してウイルス侵入を防ぐことと、さらにいったん侵入した場合には農場内での感染経路を断ち切り、ウイルスの拡散を防ぐことです。
ウイルスの拡散防止には、畜舎の内部、車両,器具・器材、作業衣、長靴などウイルスを含む糞便が付着している可能性があるすべてのものを徹底的に消毒し、 ウイルスの排除を図ることが重要です。
豚流行性下痢ウイルスに対する次亜塩素酸水溶液の有効性と豚舎の空間洗浄への活用についてご紹介しました。