皆さんは「インフルエンザウイルス」と聞くと、どのようなイメージをお持ちでしょうか? 毎年流行するおなじみのウイルスですが、実はその構造や増殖の仕組み、そして常に姿を変える「変異」の能力は、非常に奥深く、私たちの想像以上に巧妙なんです。
今回は、インフルエンザウイルスの基本的な情報から、過去の研究で明らかになった私たちの体の中でのウイルスの動きまで、分かりやすく丁寧にご説明いたします。この情報が、皆さんのインフルエンザウイルスへの理解を深める一助となれば幸いです。
インフルエンザウイルスってどんな姿をしているの?
インフルエンザウイルスには、大きく分けてA型、B型、C型の3種類があります。この中でも、特に私たちに身近なのがA型とB型ではないでしょうか。C型は比較的症状が軽いことが多いとされています。
インフルエンザウイルスは、私たちが普段目にする細菌とは違い、「RNAウイルス」という種類のウイルスです。例えるなら、私たちの遺伝情報がDNAという頑丈な本に書かれているのに対し、インフルエンザウイルスの遺伝情報は、RNAという少しデリケートな紙に書かれているようなイメージです。

コロナウイルスもRNAウイルスなので変異しやすいです。
特にA型インフルエンザウイルスは、その表面に「HA(ヘマグルチニン)」と「NA(ノイラミニダーゼ)」という2種類のスパイクタンパク質を持っています。これらはウイルスの性質を決める重要な部分で、ウイルスの顔のような役割をしています。B型やC型には、これらの特徴的なタンパク質はありません。

※画像引用元:花王「インフルエンザ研究の新展開「唾液」に注目する理由」
NS1, NS2(非構造タンパク質)
ウイルスの増殖を助けたり、私たちの免疫反応を邪魔したりする働きを持つタンパク質です。
HA(ヘマグルチニン)
ウイルスの表面にある突起で、細胞にくっつくための「鍵」の役割をします。16種類の異なる形があります。
NA(ノイラミニダーゼ)
HAと同様にウイルスの表面にあり、ウイルスが細胞から離れる際に細胞の膜を切る「ハサミ」のような役割をします。9種類の異なる形があります。
NP(核タンパク質)
ウイルスの骨格を作る主要なタンパク質です。
M1(マトリクスタンパク質1)
ウイルスの外側の膜を強化し、RNAの合成を調整する働きがあります。
M2(マトリクスタンパク質2)
ウイルスの膜にある小さなタンパク質で、ウイルスが細胞内に入った時に、中のRNAを放出する手助けをします。
PA, PB1, PB2
これらはRNAを複製する酵素(RNAポリメラーゼ)を構成する大切なタンパク質です。
ウイルスは私たち人間のように自分でエネルギーを作り出すことができません。そのため、他の生き物の細胞に入り込んで、その細胞の力を借りて増えていきます。
インフルエンザウイルスが私たちの体の中で増える様子を、段階を追って見ていきましょう。

※画像引用元:阪大微研やわらかサイエンス「インフルエンザ」
吸着・侵入
インフルエンザウイルスは、その表面にある「HA(ヘマグルチニン)」を使って、私たちの体の細胞の表面にある「鍵穴」のような部分にピタッと吸着します。吸着できると、細胞の中に侵入していきます。この「鍵と鍵穴」のような関係が、ウイルスが感染できるかどうかを決める重要なポイントなんです。
脱殻(だっかく)
細胞の中に入ると、ウイルスは外側の殻を脱ぎ捨てて、中の遺伝情報(RNA)を細胞質の中に放出します。ここでM2というタンパク質が、中のRNAを効率よく放出するために活躍します。
合成
放出されたウイルスのRNAは、細胞の核へ移動し、そこで自分自身のRNAを大量に複製し始めます。同時に、ウイルスを作るための様々なタンパク質も合成されていきます。
成熟・放出
新しく作られたRNAとタンパク質が合わさって、新しいインフルエンザウイルスが成熟します。そして、最後にNA(ノイラミニダーゼ)というハサミのようなタンパク質を使って、細胞とのつながりを断ち切り、細胞の外へ放出されます。放出されたウイルスは、また別の細胞に感染して増殖を繰り返すのです。
このように、インフルエンザウイルスは私たちの細胞をまるで工場のように利用して、次々とコピーを作り出し、増殖していくのです。
補足:私たちが一般的にかかるインフルエンザウイルスは、主に鼻や喉など上気道の細胞で増えますが、中には「強毒型」と呼ばれる非常に危険なインフルエンザウイルスも存在します。強毒型のウイルスは、HAというタンパク質が、体のどこにでもあるタンパク質分解酵素によっても活性化されてしまうため、全身の臓器で増殖することが可能です。これにより、重い肺炎などを引き起こし、全身に症状が広がってしまうのです。
インフルエンザウイルスが厄介な理由の一つに、その「変異しやすい」性質が挙げられます。私たちの遺伝情報がDNAに記録されており、複製時にミスを修正する機能があるのに対し、インフルエンザウイルスの遺伝情報であるRNAは、コピーミスを修正する機能を持っていません。
そのため、複製する際に1,000回から1万回に1回という高い確率で、遺伝情報にエラーが起こってしまうのです。
このエラーによって、HAやNAなどのタンパク質の構造が少しだけ変わったり、アミノ酸の配列が異なったりする新しいウイルスが生まれます。たとえわずかな変化であっても、私たちの体が持っている免疫(抗体)の効果が下がってしまい、時には全く効かなくなってしまうこともあります。これが、毎年インフルエンザの予防接種が必要になる理由の一つです。
さらに驚くべきは、「遺伝子の交換」という現象です。これは「新型インフルエンザ」が誕生するメカニズムとして知られています。
たとえば、鳥に流行する鳥インフルエンザウイルスは、通常は人には感染しません。しかし、豚は人インフルエンザウイルスと鳥インフルエンザウイルスの両方に感染する可能性があり、この豚の体内で両方のウイルスが同時に感染すると、ウイルスの遺伝子(RNA)が混ざり合い、新しい組み合わせのウイルスが生まれることがあります。
これが、私たちの免疫システムがこれまで経験したことのない、全く新しいウイルス「新型インフルエンザ」となるのです。
過去に世界中で大流行した「アジア風邪」や「香港風邪」といった新型インフルエンザも、このような遺伝子交換によって誕生したと考えられています。
インフルエンザウイルスの謎を解き明かす!~研究の進展~
インフルエンザウイルスが毎年流行し、時には新型となって世界的な被害をもたらすことから、その研究は非常に重要視されています。特に、ウイルスが体の中でどのように広がり、どのような影響を与えるのかを詳細に知ることは、新しい治療薬やワクチンの開発に不可欠です。
従来のインフルエンザウイルスの研究では、感染した動物の臓器を取り出して調べていたため、ウイルスがどのように動いているのか、感染がどのように広がっていくのかを「生きたまま」見ることは非常に困難でした。
しかし、2017年に東京大学とアメリカ・ウィスコンシン大学の共同研究グループは、この課題を克服する画期的な研究成果を発表しました。彼らは、蛍光タンパク質を発現する「可視化インフルエンザウイルス(Color-flu)」という特別なウイルスを作ることに成功したのです。
このColor-fluは、インフルエンザウイルスが感染した細胞を蛍光色に光らせることができます。この技術と、生きたまま深い組織を観察できる「2光子励起顕微鏡」という特別な顕微鏡を組み合わせることで、インフルエンザウイルスに感染したマウスの肺を、生きたままリアルタイムで観察することに成功したのです。
・インフルエンザウイルスに感染したマウスの肺では、ウイルスを攻撃する免疫細胞(好中球)の動きが鈍くなっていることが分かりました。
・肺の血流速度も低下していることが観察されました。
・特に高病原性の鳥インフルエンザウイルス(H5N1型)では、季節性インフルエンザ(H1N1型)に比べて、感染初期から強い免疫反応が起こり、好中球が集まるタイミングが早く、その数も多いことが確認されました。
・H5N1型に感染した場合、血管から水分や栄養分が漏れ出しやすくなる「血管透過性」が過剰に活発になり、組織の損傷が激しく起こることが分かりました。これが重症化の一因と考えられます。
この研究で確立されたインフルエンザウイルス感染肺の生体イメージングシステムは、新薬やワクチンの開発・改良、さらには他の呼吸器疾患の病態解明にも大きく貢献すると期待されています。
参考:東京大学「光で居場所を探せるインフルエンザウイルスの開発に成功~免疫応答メカニズムの解明、ワクチン開発に期待~」
参考:国立研究開発法人日本医療研究開発機構「インフルエンザウイルスに感染した動物の体内を生きたまま観測―ウイルスに対する宿主応答メカニズムの解明に新たな視点―」
今回は、インフルエンザウイルスの基本的な構造や、私たちの体の中でどのように増えていくのか、そしてなぜ毎年形を変えて流行するのか、さらにその謎を解き明かすための研究についてご紹介しました。
インフルエンザウイルスは非常に巧妙な戦略で私たちに感染し、増殖を繰り返しますが、そのメカニズムを知ることは、感染予防や治療法の発展に繋がる重要なステップです。研究が進むことで、より効果的な対策が期待されますね。
以上、インフルエンザウイルスの「変幻自在」な素顔に迫る!~構造から研究の進展まで~についてお話をしました。
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